「市街地再開発事業を行うので店舗を明け渡してほしい」「再開発ビルへの権利変換について説明を受けた」といった場合、通常の建替えを理由とする立退きとは異なる法的手続が問題になります。
都市再開発法に基づく市街地再開発事業では、賃借人・テナントの権利についても法律上の取扱いが定められています。
特に第一種市街地再開発事業では、単に現在の賃貸借を終了させて立退料を交渉するのではなく、従前の借家権を再開発ビルの借家権へ移す「権利変換」の仕組みがあります。
一方、再開発ビルへ戻らず地区外へ移転する場合や、工事のため一時的に明渡しをする場合には、借家権や移転・営業への影響について補償が問題になります。
この記事では、都市再開発法に基づく市街地再開発事業について、賃借人・テナントが知っておきたい権利変換、30日以内の申出、明渡し、補償、営業への影響を解説します。
なお、貸主やデベロッパーが任意に行う建替え・土地の有効活用などを理由とする通常の立退きについては、 再開発・土地の有効活用を理由とする立退きについての解説 をご確認ください。
都市再開発法の市街地再開発事業とは
都市再開発法に基づく市街地再開発事業は、老朽化した建物が多い地域などについて、敷地を共同化し、再開発ビルや道路・広場などを整備することによって、土地の高度利用と都市機能の更新を図る事業です。
法律上、市街地再開発事業は「第一種市街地再開発事業」と「第二種市街地再開発事業」に分かれています。
重要なのは、「再開発だから通常の立退料交渉になる」とは限らないことです。
都市再開発法上の事業として手続が進んでいる場合には、権利変換や法定の補償・明渡手続が問題になります。
そのため、最初に確認すべきなのは、単に事業者から「再開発」と説明されているだけなのか、それとも都市再開発法に基づく市街地再開発事業として進められているのかという点です。
第一種と第二種で賃借人の扱いが異なる
第一種と第二種では、従前の権利をどのように処理するかが大きく異なります。
権利変換方式です。
従前の土地・建物等に関する権利を、原則として再開発ビル等に関する権利へ変換します。
借家人についても、一定の場合を除き、再開発ビルの一部について借家権を取得する仕組みがあります。
管理処分方式(用地買収方式)です。
施行者が土地・建物等を買収または収用し、従前の権利を処理します。
借家人が再開発ビルへの入居を希望する場合には、「賃借り希望の申出」をする制度があります。
一般的な第一種市街地再開発事業では、賃借人にとって特に重要なのが「権利変換によって借家権がどうなるのか」です。
第一種では借家権は原則として再開発ビルへ移る
第一種市街地再開発事業では、従前の権利関係を「権利変換計画」によって再開発後の権利関係へ移していきます。
都市再開発法77条5項では、借家人が後述する「借家権の取得を希望しない旨の申出」をしていない場合、原則として、権利変換計画において再開発ビルの一部について賃借権が与えられるように定めることとされています。
さらに、権利変換期日になると、借家人は権利変換計画の定めに従って、再開発ビルの一部について借家権を取得します。
第一種市街地再開発事業では、「再開発=借家権が消えて必ず地区外へ退去する」という仕組みではありません。
原則として、従前の借家権を再開発ビルの借家権へつなぐ制度が設けられています。
もっとも、再開発後の床面積が著しく小さくなる場合など、法律上、借家権が与えられないように定めることができる例外もあります。
そのため、「戻れると言われているから大丈夫」と考えるのではなく、実際の権利変換計画で、自分にどの部分の借家権が与えられることになっているのかを確認することが重要です。
再開発ビルへの入居を希望しない場合は原則30日以内に申出
再開発ビルへ戻らず、別の場所へ移転したい借家人についても制度が設けられています。
都市再開発法71条3項では、借家人は、事業認可等に関する所定の公告から原則30日以内に、施行者に対して「再開発ビルの借家権の取得を希望しない旨」を申し出ることができます。
この申出をした場合には、再開発ビルの借家権へ移行するのではなく、従前の借家権の価値に対する補償などが問題になります。
再開発ビルに戻るか、地区外へ移転するかは、その後の営業や生活に大きく影響します。
しかも申出には期間制限があるため、公告や施行者から届いた書類を放置しないことが重要です。
なお、一定期間内に権利変換計画の縦覧が開始されない場合には、申出を撤回したり、新たに申出をしたりできる期間が改めて設けられる場合があります。
再開発ビルに戻る場合も同じ場所・同じ賃料とは限らない
再開発ビルに借家権を取得できるとしても、従前と全く同じ場所、面積、店舗形状、賃料で営業を続けられることが当然に保証されているわけではありません。
権利変換計画では、借家人に賃借権が与えられる施設建築物の部分が定められます。
そのため、店舗・事務所の場合には、次のような点が営業に大きく影響する可能性があります。
- 再開発ビルの何階・どの位置になるのか
- 専有面積や店舗形状はどうなるのか
- 道路・駅・通行動線との関係はどうなるのか
- 業種に必要な設備・排気・給排水等を設置できるか
- 賃料・共益費・保証金等はいくらになるのか
特に飲食店、小売店、美容室などでは、床面積が同程度であっても、階数や人の流れが変わることで営業条件が大きく変わることがあります。
新しい家賃などは当事者間で協議する
都市再開発法102条では、再開発ビルの所有者となる者と借家人との間で、家賃その他の借家条件について協議することとされています。
所定の時期までに協議が成立しない場合には、施行者が一定の手続を経て、賃借目的、家賃、敷金等について裁定する制度もあります。
したがって、「借家権が引き継がれること」と「以前と同条件で借りられること」は分けて考える必要があります。
権利変換計画の縦覧と意見書も確認する
個人施行者以外の施行者が権利変換計画を定める場合、原則として計画を2週間縦覧に供する手続があり、関係権利者は縦覧期間内に意見書を提出することができます。
通知を受けた場合には、自分の借家権、再開発後の区画、位置・床面積などがどのように定められているかを確認することが重要です。
工事のため明渡しを求められた場合
権利変換期日が到来しても、その日に直ちに現在の店舗や住居から出なければならないわけではありません。
都市再開発法95条では、従前の権利に基づいて土地・建物を占有していた者は、施行者から明渡しを求められた場合の明渡期限までは従前の用法に従って占有を継続できるとされています。
施行者は、権利変換期日後、工事のため必要があるときに明渡しを求めることができ、その期限は、明渡請求をした日の翌日から30日を経過した後の日でなければなりません。
権利変換期日、明渡期限、再開発ビル完成時期は別の時点です。
「いつ現在の物件を出るのか」「再開発ビルへいつ戻れるのか」「その間どこで営業・居住するのか」を時系列で整理することが重要です。
賃借人・テナントにはどのような補償がある?
市街地再開発事業の補償を考える際には、すべてをまとめて「立退料」と考えるより、何に対する補償なのかを分けて整理することが重要です。
地区外へ転出する場合の借家権に対する補償
借家権を取得しない旨の申出をするなどして、権利変換期日に従前の借家権を失い、これに対応する再開発ビルの借家権を取得しない場合には、都市再開発法91条による補償が問題になります。
従前の借家権について、法律上の算定基準に基づく相当な価額を評価して補償する仕組みです。
明渡し・移転によって生じる損失の補償
これとは別に、都市再開発法97条では、工事のための土地・物件の明渡しや移転によって、占有者や権利者が通常受ける損失を施行者が補償するとされています。
具体的な補償内容は個別事情によって異なりますが、例えば次のような項目が問題となることがあります。
動産の移転費用
家財、商品、什器、事務用備品などを移転するための費用です。
仮店舗・仮住居等
再開発ビル完成まで一時的に別の場所で営業・居住する必要がある場合の費用などが問題になります。
営業休止等による損失
店舗等では、移転に伴う休業による収益減少、固定費、従業員に関する費用などが問題となることがあります。
得意先・顧客への影響
移転や休業によって営業再開後に顧客が一時的に減少する場合、その営業上の影響が補償上問題となることがあります。
国土交通省の従来の取扱いでも、動産移転、営業の廃止・休止・規模縮小、仮住居等に関する補償などが示されています。
ただし、これらの項目がすべての案件で当然に全額認められるわけではありません。 事業の内容、移転方法、営業形態、仮店舗の有無などによって具体的な算定は異なります。
借家権の補償と移転・営業損失の補償は分けて考える
テナントの補償を検討するうえで特に重要なのが、「借家権そのものに対する補償」と「実際の移転・営業への影響に対する補償」は同じものではないという点です。
再開発ビルの借家権を取得せず、従前の借家権を失う場合に、その借家権という権利の価値を補償するものです。
主に都市再開発法91条が問題になります。
実際に店舗や住居を明け渡し、物を移転したり営業を休止したりすることで生じる通常の損失を補償するものです。
主に都市再開発法97条が問題になります。
したがって、施行者から補償額を提示された場合には、総額だけを見るのではなく、「何について、どの根拠で、いくら評価されているのか」を確認する必要があります。
特に店舗・事務所では、借家権の評価だけを確認して、営業休止や什器・設備の移転による損失を見落とさないよう注意が必要です。
補償額について協議がまとまらない場合
明渡しに伴う損失補償については、まず施行者と権利者との間で補償額を協議します。
法律上、施行者は原則として明渡期限までに補償額を支払うこととされており、協議が成立していない場合には、所定の手続によって定めた金額を支払う仕組みがあります。
補償額について協議が成立しない場合には、収用委員会に補償額の裁決を申請する制度も設けられています。
第二種市街地再開発事業では賃借人はどうなる?
第二種市街地再開発事業では、第一種のように従前の権利を一斉に権利変換するのではなく、施行者が土地・建物等を買収または収用する管理処分方式が採用されています。
そのため、借家人についても第一種とは手続が異なります。
都市再開発法118条の2第5項では、借家人は、所定の公告から30日以内に、施行者に対して再開発ビルの一部を借りたい旨の「賃借り希望の申出」をすることができます。
第一種と第二種では、借家人の申出の方向が逆です。
第一種では原則として借家権が権利変換されるため、戻らない場合に「取得を希望しない旨」を申し出ます。
第二種では、再開発ビルへの入居を希望する借家人が「賃借り希望」を申し出ます。
したがって、再開発について通知を受けた場合には、まず第一種なのか第二種なのかを確認しなければ、その後取るべき対応を判断できません。
再開発の通知を受けた賃借人が確認すべきこと
都市再開発法に基づく市街地再開発事業について通知や説明を受けた場合には、少なくとも次の事項を確認することをおすすめします。
- 本当に都市再開発法上の市街地再開発事業なのか
- 第一種市街地再開発事業か、第二種市街地再開発事業か
- 施行者は誰か
- 事業認可・事業計画等の公告日はいつか
- 30日以内の申出が必要な手続がないか
- 再開発ビルに戻るのか、地区外へ移転するのか
- 権利変換計画で自分の借家権がどのように扱われているか
- 戻る場合の区画・面積・用途・賃料等はどうなるか
- 現在の店舗・住居の明渡期限はいつか
- 補償金の項目・金額・算定根拠は示されているか
- 店舗の場合、移転・休業・営業再開への影響が考慮されているか
特に、「地区外へ出るか、再開発ビルへ戻るか」について申出期限があるケースでは、補償額だけを見て判断するのではなく、その後の事業継続可能性まで考えて選択する必要があります。
都市再開発法と賃借人・テナントについてよくある質問
Q1 市街地再開発事業が決まったら、テナントは必ず退去しなければなりませんか?
工事を行うため、現在使用している建物について最終的に明渡しが必要になることがあります。
もっとも、第一種市街地再開発事業では、借家人について原則として再開発ビルの借家権へ権利を移す仕組みがあります。 そのため、「再開発だから借家権がなくなり、地区外へ出るしかない」というわけではありません。
Q2 普通の立退きと同じように立退料を交渉するのでしょうか?
必ずしも同じではありません。
都市再開発法上の事業では、権利変換や借家権の価値に対する補償、明渡しに伴う損失補償などの法定制度があります。
通常の貸主による建替えで問題となる借地借家法28条の正当事由・立退料の交渉とは、法的な構造を分けて考える必要があります。
Q3 第一種の再開発ビルに戻りたくない場合はどうすればよいですか?
原則として、所定の公告から30日以内に、借家権の取得を希望しない旨を施行者へ申し出る制度があります。
期限が問題となるため、届いた通知や公告日を早めに確認することが重要です。
Q4 再開発ビルに戻れば、以前と同じ家賃ですか?
同じ家賃になるとは限りません。
新しい家賃その他の借家条件については当事者間で協議する仕組みであり、協議が成立しない場合の裁定制度も設けられています。
Q5 店舗を休業する期間の営業損失は補償されますか?
移転に伴って営業を休止する必要があり、通常生じる損失と評価される場合には、営業休止等による損失が補償上問題となります。
ただし、補償される項目や期間、金額は、業種、移転方法、仮店舗の有無、実際の営業状況などによって異なります。
Q6 提示された補償金が低いと思う場合はどうすればよいですか?
まず、提示総額だけでなく、借家権、動産移転、仮店舗、営業休止など、どの項目についてどのように算定されているかを確認します。
明渡しに伴う損失補償について協議がまとまらない場合には、都市再開発法上、収用委員会による補償額の裁決制度もあります。
まとめ|市街地再開発事業では「立退料」だけで判断しないことが重要
都市再開発法に基づく市街地再開発事業では、通常の建替えを理由とする立退きとは異なり、法律上の権利変換・補償・明渡しの制度があります。
第一種市街地再開発事業では、借家人は原則として再開発ビルの借家権を取得する仕組みがあり、地区外へ移転する場合には、所定の期間内に借家権を取得しない旨の申出をすることが重要になります。
また、借家権そのものに対する補償と、実際の明渡し・移転・営業休止などによる損失補償は、分けて確認する必要があります。
再開発の通知を受けた場合には、第一種・第二種のどちらなのか、申出期限はいつなのか、権利変換後の区画・借家条件や補償内容がどうなっているのかを確認したうえで対応することが重要です。
市街地再開発事業による立退き・移転についてお困りの方へ
En法律事務所では、マンション・店舗・事務所などについて、入居者・テナント側からの立退き・明渡しに関するご相談をお受けしています。
主な参考資料
※本記事は2026年9月時点で施行されている法令を前提としています。個別の案件では、事業の種類、公告・認可の時期、その時点で適用される法令を確認する必要があります。