マンションの建替え決議で賃借人は退去しなければならない?改正区分所有法と補償金を弁護士が解説

マンションの建替え決議がされた場合、その一室を借りている賃借人は退去しなければならないのでしょうか。

マンションや区分所有ビルの一室を借りていると、管理組合やオーナーから「建替えが決まったので退去してほしい」と通知されることがあります。

従来、区分所有建物について建替え決議が成立しても、それだけで専有部分の賃貸借契約が当然に終了するわけではありませんでした。普通建物賃貸借契約では、賃貸人側からの更新拒絶や解約申入れについて、借地借家法28条の「正当事由」が必要となるためです。

しかし、2026年4月1日に施行された改正区分所有法では、新たに第64条の2が設けられました。建替え決議がされた場合には、一定の者が専有部分の賃借人に対して賃貸借の終了を請求することができ、その請求から6か月が経過すると賃貸借が終了する制度です。

もっとも、賃借人が何の補償もなく退去しなければならないわけではありません。専有部分の区分所有者等には「賃貸借の終了により通常生ずる損失」の補償義務があり、賃借人は補償金の提供を受けるまでは専有部分の明渡しを拒むことができます。

この記事では、マンションの建替え決議によって賃借人がどうなるのか、改正区分所有法64条の2と借地借家法28条との関係、補償金の算定方法、さらに改正前の裁判例では立退料がどのように算定されていたのかを弁護士が解説します。

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マンションの建替え決議で賃借人はどうなる?

2026年4月1日に施行された改正区分所有法では、マンションなどの区分所有建物の建替えを円滑に進めるため、建替え決議後に専有部分の賃貸借を終了させる制度が新設されました。

改正区分所有法64条の2では、建替え決議があった場合、法律上定められた一定の者が専有部分の賃借人に対して賃貸借の終了を請求することができます。

この終了請求がされると、専有部分の賃貸借は、その請求の日から6か月が経過することによって終了します。

「建替え決議が成立した瞬間に賃借人が退去しなければならない」という制度ではありません。

建替え決議の成立に加えて、区分所有法64条の2に基づく賃貸借終了請求が必要です。また、賃貸借終了後も、補償金の提供を受けるまでは明渡しを拒むことができます。

改正前は建替え決議だけでは賃貸借は終了しなかった

改正前の区分所有法では、マンション全体について建替え決議が成立しても、その建物の一室について締結されている賃貸借契約を直接終了させる制度はありませんでした。

普通建物賃貸借契約については、借地借家法28条により、賃貸人からの更新拒絶や解約申入れには「正当の事由」が必要です。

正当事由の判断では、貸主側と借主側が建物を使用する必要性を中心に、賃貸借の従前の経過、建物の利用状況や現況、立退料の申出などを総合的に考慮します。

そのため、建物の老朽化や耐震性に問題があり、区分所有者間では建替えが決まっていたとしても、それだけで賃借人との普通建物賃貸借契約を終了させることはできませんでした。

改正前

建替え決議だけでは、専有部分の賃貸借は終了しません。

普通建物賃貸借では、借地借家法28条の正当事由を満たす更新拒絶・解約申入れや、賃借人との合意解約などによって賃貸借を終了させる必要がありました。

改正後

建替え決議後、区分所有法64条の2に基づいて賃貸借終了請求をすることができます。

終了請求から6か月が経過すると賃貸借が終了し、賃借人には「通常生ずる損失」の補償金を支払う制度となりました。

建物の老朽化・建替えと借地借家法上の正当事由については、関連記事「老朽化・建替えを理由に立退きを求められたら退去しなければならない?正当事由と裁判例を弁護士が解説」でも詳しく解説しています。

法制審議会では借地借家法との関係も議論された

今回の改正を理解するためには、なぜ借地借家法28条の正当事由制度があるにもかかわらず、区分所有法に新たな賃貸借終了制度が設けられたのかを確認しておくことが重要です。

法制審議会の区分所有法制部会では、改正の検討段階からこの問題が取り上げられています。

法制審議会区分所有法制部会第4回会議では、「建替え決議がされた場合の賃借権の取扱い」が正式な検討事項とされました。その後も審議が続き、第14回会議では、「建替え決議がされた場合の賃貸借の終了等」が要綱案のたたき台の検討事項となっています。

従来は「建替え決議」と「賃貸借の終了」が別の問題だった

従来の制度では、区分所有者の多数によって建替え決議が成立しても、専有部分の賃貸借契約はそれとは別に存続します。

そのため、賃借人が合意による退去に応じず、借地借家法28条の正当事由も認められない場合には、その専有部分を明け渡してもらうことができず、建物全体について建替え決議が成立していても建替え工事を進めることが困難になる可能性がありました。

この点について、法案審議における衆議院国土交通委員会での法務省の説明でも、従来は建替え決議だけでは賃貸借は終了せず、合意解除や正当事由を伴う更新拒絶・解約申入れ等がなければ賃貸借が継続するため、建替えの円滑な実施が困難になるおそれがあると説明されています。

区分所有者との権利調整との均衡も考慮された

建替え決議がされた場合、建替えに参加しない区分所有者については、一定の手続によってその区分所有権の売渡しを求めることができます。

一方で、専有部分の賃借人だけは借地借家法上の賃貸借が残り続け、建替えを事実上妨げることがあり得るという状態では、建替えに伴う権利調整として均衡を欠くという問題があります。

法務省は国会審議においても、このような区分所有権についての権利調整との均衡から、建替え決議があった場合には、一定の補償の下で賃貸借を終了させる制度を設けることが許容されるとの考え方を説明しています。

借地借家法28条がなくなったわけではありません

今回の改正によって、借地借家法28条の正当事由制度そのものが廃止されたり、マンションの賃借人一般について適用されなくなったりしたわけではありません。

区分所有法64条の2は、区分所有建物について有効な建替え決議が成立したという特別な場面で利用できる、借地借家法上の更新拒絶・解約申入れとは別の法定終了制度です。

したがって、単にオーナーが「建物を建て替えたい」「もっと有効活用したい」と考えているだけで、区分所有法上の建替え決議が存在しない場合に、64条の2を利用して賃借人を退去させることはできません。

この区別は重要です。通常の立退きであれば、引き続き借地借家法28条の正当事由が中心的な問題となります。

改正区分所有法64条の2による賃貸借終了請求

区分所有法64条の2第1項では、建替え決議があった場合、建替えに参加する区分所有者等、これらの者全員の合意によって賃貸借終了請求をする者として指定された者、賃貸されている専有部分の区分所有者などが、賃借人に対して賃貸借の終了を請求できると定められています。

したがって、必ずしも現在の賃貸人だけが終了請求をできる制度ではありません。

また、専有部分の区分所有者以外の者が賃貸借終了請求をした場合、その請求をした者は、専有部分の区分所有者と連帯して補償金を支払う責任を負います。

賃貸借は終了請求から6か月後に終了する

区分所有法64条の2第2項では、同条1項による賃貸借終了請求があった場合、専有部分の賃貸借は、その請求があった日から6か月を経過することによって終了すると定められています。

ここが、従来の借地借家法28条による更新拒絶・解約申入れとの大きな違いです。

区分所有法64条の2による終了請求の場合には、個々の賃貸借について「貸主と借主のどちらが建物を使用する必要性が高いか」などを比較して正当事由の有無を判断すること自体が、賃貸借終了の要件となっているわけではありません。

もっとも、「6か月が経過したら、補償を受けていなくても直ちに明け渡さなければならない」ということではありません。

賃借人には「通常生ずる損失」の補償金が支払われる

区分所有法64条の2第3項では、賃貸借終了請求があった場合、専有部分の区分所有者は、その専有部分の賃借人に対して、「賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金」を支払わなければならないと定められています。

また、補償の対象には転借人も含まれます。

さらに重要なのが同条5項です。

賃貸借が終了請求から6か月の経過によって終了した後であっても、賃借人は、補償金の提供を受けるまでは専有部分の明渡しを拒むことができます。

したがって、マンションの建替え決議を理由として「6か月以内に退去してください」と通知されたとしても、補償条件を確認せずに退去を進めるべきではありません。

マンション建替えの補償金はどのように算定するのか

法律に「賃料○か月分」という一律の基準はない

区分所有法64条の2には、「賃料6か月分」「賃料1年分」といった定額の補償基準や計算式は定められていません。

法律上の基準は、あくまで「賃貸借の終了により通常生ずる損失」です。

したがって、同じマンションであっても、居住用なのか店舗・事務所なのか、現在の賃料や移転先の状況、設備の内容、営業への影響などによって補償額は異なります。

法務省の調査研究報告書では「通損補償」を基礎として検討

法務省は、改正区分所有法の施行に伴い、「区分所有法の賃貸借終了請求等に伴う補償金の算定方法等に関する調査研究」を実施し、その調査研究報告書を公表しています。

法務省によれば、法制審議会から法務大臣に答申された「区分所有法制の見直しに関する要綱」では、この補償金について、公共用地の取得に伴う損失補償基準において借家人等が受ける、いわゆる「通損補償」と同水準とすることが想定されています。

ただし、公共用地の取得とマンションの建替えでは事情が異なるため、その違いを踏まえたうえで適切な金額を算定するものとされています。

法制審議会の審議過程でも、補償金について明確な算定基準を策定する必要があるとの指摘があり、それを受けて上記の調査研究が実施されました。

公共用地取得の損失補償基準に記載された数字を、そのまま機械的に適用すれば補償金が決まるわけではありません。

具体的に問題となる主な補償項目

動産移転費用

家財、商品、什器、備品などを移転先へ運搬するために通常必要となる費用です。

借家人補償

移転先の標準的な賃料が現在の賃料より高い場合の家賃差額や、新たな賃貸借契約に通常必要となる一時金などが問題になります。

移転雑費

移転先の選定、契約、移転手続その他、移転に伴って通常必要となる費用が問題になります。

工作物・設備関係

店舗や事務所で賃借人が設置した設備・工作物等について、撤去、移転、再設置等の費用が問題となることがあります。

営業休止補償

店舗・事務所等では、移転に伴う休業期間中の収益減少、固定的経費、従業員に関する費用など、営業休止によって生じる損失が問題となります。

その他の通常損失

業種、設備、営業形態、移転可能性などによって、その賃貸借の終了に通常伴う損失を個別に検討する必要があります。

居住用と店舗・事務所では補償内容が異なる

居住用マンションの場合には、引越費用、移転先を借りる際に必要となる費用、従前賃料と移転先賃料との差額などが重要になります。

これに対し、店舗・事務所などの事業用テナントでは、内装・設備、什器、商品等の移転に加えて、営業休止による損失なども問題となるため、補償金の算定がより複雑になる可能性があります。

そのため、オーナーや建替え事業者から補償金を提示された場合には、「総額がいくらか」だけではなく、どの損失を、どのような計算によって評価した金額なのかを確認することが重要です。

改正前の裁判例では立退料をどのように算定していたか

改正前には、区分所有建物について建替え決議が成立しても、普通建物賃貸借を終了させるには借地借家法28条の正当事由が問題となっていました。

ここでは、区分所有者集会で建替えが決議された建物について明渡しが争われ、立退料の具体的な算定まで判断された2つの裁判例を紹介します。

裁判例1:区分所有建物の建替えについて、立退料1838万2000円・1744万2000円が認められた事例(東京地裁令和3年11月9日判決)
事案の概要

昭和47年築の地下1階・地上10階建てビルの1階にある2つの区分所有建物について、賃貸借の終了と明渡しが求められた事案です。

直接の賃借人は不動産会社で、一方の区画では韓国料理店、もう一方の区画ではタイ料理店が営業していました。

ビルでは、老朽化、耐震性の問題、耐震補強工事が現実的ではないことなどを理由として、区分所有者集会で建替えが決議されていました。

裁判所の判断

裁判所は、耐震診断で耐震性に疑問があるとされていたこと、修繕不能な配管の漏水、エレベーターの故障、上層階の入居者がいなくなっていたことなどを考慮しました。

そして、建替え等のために本件建物を使用する所有者側の必要性は高いと判断しました。

他方で、賃借人側にも長年の賃貸借や店舗営業があり、契約を継続する必要性が相応にあると認めました。

そのうえで、その不利益については立退料の支払によって相当程度補完することができるとして、相当額の立退料を条件に正当事由を認めています。

立退料

本件建物1:1838万2000円

  • 借家権価格:690万7000円
  • 動産移転補償:28万1000円
  • 工作物補償:0円
  • 借家人補償:327万2000円
  • 移転雑費:128万円
  • 営業休止補償:664万2000円
  • 移転補償額合計:1147万5000円
  • 立退料合計:1838万2000円

本件建物2:1744万2000円

  • 借家権価格:681万1000円
  • 動産移転補償:28万1000円
  • 工作物補償:12万4000円
  • 借家人補償:192万1000円
  • 移転雑費:127万6000円
  • 営業休止補償:702万9000円
  • 移転補償額合計:1063万1000円
  • 立退料合計:1744万2000円
実務上のポイント

この裁判例では、立退料を単純に「賃料の何か月分」とするのではなく、借家権価格と、現実に移転することによって生じる各種損失を分けて算定しています。

特に、裁判所鑑定が、公共用地の取得に伴う損失補償基準に基づいて動産移転、借家人補償、移転雑費、営業休止補償等を算定し、これを借家権価格に加えた点が重要です。

裁判例2:建替え決議後の店舗について926万円の立退料が認められた事例(東京地裁令和4年3月16日判決)
事案の概要

昭和47年頃に竣工した区分所有ビルの店舗について、賃借人に対して明渡しが求められた事案です。

このビルでも、主として耐震上の理由から区分所有者集会において建替えが決議されていました。

賃借人は平成21年頃から対象区画で飲食・物品販売等を行い、書籍の印刷・発行等も行って生計を立てていました。

裁判所の判断

裁判所は、築年数、耐震性、耐震補強工事に多額の費用を要すること、建物の機能的陳腐化などを考慮し、建替えの必要性は正当事由を基礎付ける事情になるとしました。

一方で、賃借人も8年以上にわたり対象区画で営業しており、使用を必要とする事情が認められました。

また、建替え後の具体的な計画について十分な立証がないことなどから、それだけで正当事由が具備されているとは認めず、最終的に相当な立退料の提供を条件として正当事由を認めました。

立退料
  • 借家権価格:691万円
  • 営業補償相当額:235万円
  • 立退料合計:926万円

裁判所は、鑑定で採用された手法や評価過程に特段不合理な点はないとして、合計926万円を相当な立退料と認定しました。

実務上のポイント

この裁判例でも、建替え決議が存在しているだけで賃貸借が終了したわけではありません。

借地借家法28条による正当事由が個別に判断され、借家権価格及び営業上の損失を反映した立退料によって正当事由が補完されています。

改正前の立退料と改正後の補償金の違い

改正区分所有法を理解するうえで特に重要なのが、改正前の「立退料」と、改正後の区分所有法64条の2に基づく「補償金」は、法的な位置付けが異なるという点です。

改正前の立退料

借地借家法28条の正当事由を補完するための財産上の給付です。

裁判例では、借家権価格に加えて、移転費用、家賃差額、営業補償などを考慮する例があります。

改正後の補償金

区分所有法64条の2に基づき、賃貸借の終了によって「通常生ずる損失」を補償するものです。

正当事由を成立させるための立退料ではなく、法律による賃貸借終了に伴う損失を補償する制度です。

従来の「借家権価格」がそのまま新法の補償金になるわけではない

たとえば、東京地裁令和3年11月9日判決では、本件建物1について認定された1838万2000円の立退料のうち、690万7000円が借家権価格、1147万5000円が移転補償額でした。

従来の立退料は、借地借家法28条の正当事由を補完するための金銭であり、この裁判例では、借家権価格と移転に伴う各種損失を合算していました。

これに対して、改正区分所有法64条の2第3項が定めているのは、「賃貸借の終了により通常生ずる損失」の補償です。

そのため、改正前の裁判例で認定された立退料の総額を、そのまま改正法上の補償金として扱うことはできません。

一方で、移転先の賃料が上昇することによる負担や、新たな賃貸借契約に必要となる一時金など、従来、借家権の経済的利益と関連して評価されてきた事情が、新法上の損失補償でも問題になる場合があります。

したがって、「従来の立退料から借家権価格だけを引けば新法の補償金になる」と単純に考えることも適切ではありません。

重要なのは、その賃借人について、賃貸借の終了によって通常どのような損失が発生するのかを具体的に検討することです。

一般的な立退料の考え方については、関連記事「立退料の相場はいくら?入居者・テナントが確認すべき増額交渉のポイント」でも解説しています。

マンションの建替えによる退去通知を受けた賃借人が確認すべきこと

マンションや区分所有ビルの建替えを理由に退去を求められた場合には、少なくとも次の点を確認することが重要です。

  • 区分所有法上の建替え決議が実際に成立しているのか
  • 単なるオーナーからの解約通知なのか、区分所有法64条の2に基づく賃貸借終了請求なのか
  • 終了請求をした者が、同条により請求できる者なのか
  • 賃貸借終了請求がされた日はいつか
  • その日から6か月を経過する日はいつか
  • 補償金が提示されているか
  • 補償金の算定根拠や内訳が示されているか
  • 移転先の賃料差額や新たな賃貸借契約に伴う費用が考慮されているか
  • 店舗・事務所の場合、設備・什器等の移転や営業休止による損失が考慮されているか
  • 補償金の提供時期と明渡し時期がどのように設定されているか

特に、単に「建替えを予定しているので退去してください」と言われただけの場合と、区分所有法64条の2の要件を満たした賃貸借終了請求を受けた場合とでは、法的な扱いが異なります。

マンションの建替えと賃借人についてよくある質問

Q1 マンションの建替え決議が成立したら、すぐに退去しなければなりませんか?

いいえ。建替え決議が成立しただけで、賃貸借が直ちに終了するわけではありません。

区分所有法64条の2に基づく賃貸借終了請求が必要であり、その請求があった日から6か月が経過することによって賃貸借が終了します。

Q2 借地借家法28条の「正当事由」はもう必要ないのでしょうか?

そうではありません。

区分所有法64条の2は、有効な建替え決議が成立した場合について設けられた特別な賃貸借終了制度です。

建替え決議がない通常の更新拒絶や解約申入れについては、これまでどおり借地借家法28条の正当事由が問題となります。

Q3 6か月が経過したら、補償金を受け取っていなくても退去しなければなりませんか?

いいえ。区分所有法64条の2第5項により、賃借人は、同条に基づく補償金の提供を受けるまでは専有部分の明渡しを拒むことができます。

Q4 マンション建替えの補償金は家賃の何か月分ですか?

法律上、「家賃○か月分」という一律の基準はありません。

現在の賃料と移転先の賃料、新たな賃貸借契約に必要となる費用、引越費用、動産の移転費用などを踏まえ、個別に算定する必要があります。店舗・事務所では営業休止による損失なども問題になります。

Q5 改正前の裁判例と同じ金額の立退料を請求できますか?

必ずしもそうではありません。

改正前の立退料は、借地借家法28条の正当事由を補完するための金銭です。これに対して、改正区分所有法64条の2の補償金は、賃貸借の終了によって通常生ずる損失を補償するものです。

そのため、過去の裁判例は補償項目や損失を考えるうえで参考になりますが、過去に認定された立退料の金額をそのまま請求できるわけではありません。

Q6 オーナーから提示された補償金が低いと思う場合はどうすればよいですか?

まず、補償金の総額だけでなく、算定の内訳と根拠を確認することが重要です。

移転先の賃料差額、新たな賃貸借契約に伴う費用、引越費用など、本来検討すべき損失が抜けていないかを確認します。店舗・事務所の場合には、設備・什器等の移転費用や営業休止による損失などによっても金額が変わる可能性があります。

まとめ|マンションの建替え決議で退去を求められたら補償内容を確認しましょう

2026年4月1日に施行された改正区分所有法64条の2により、建替え決議がされた区分所有建物について、一定の者が専有部分の賃借人に賃貸借終了請求を行い、その請求から6か月が経過すると賃貸借を終了させる制度が設けられました。

従来は、建替え決議が成立していても、専有部分の賃貸借を終了させるためには、借地借家法28条の正当事由を満たす更新拒絶・解約申入れ等が必要でした。

法制審議会では、このような制度の下では、一部の専有部分の賃貸借が残ることによって建物全体の建替えが困難となる問題を踏まえ、建替え決議後の賃貸借を終了させる仕組みが検討されました。

もっとも、借地借家法28条そのものがなくなったわけではありません。区分所有法64条の2は、建替え決議が成立した特別な場面における法定終了制度です。

また、賃借人の保護がなくなったわけでもありません。

専有部分の区分所有者等には、賃貸借の終了によって通常生ずる損失を補償する義務があり、賃借人は補償金の提供を受けるまで明渡しを拒むことができます。

補償金には「賃料○か月分」といった一律の相場や計算式はありません。居住用か事業用か、現在の賃料、移転先の賃料、移転費用、設備・什器、営業への影響などによって、検討すべき損失は異なります。

マンションの建替えを理由とする退去通知を受けた場合には、合意書への署名や明渡しを行う前に、まずその通知が通常の解約申入れなのか、区分所有法64条の2による賃貸借終了請求なのかを確認し、そのうえで補償金の算定内容を検討することが重要です。

当事務所では、マンション、店舗、事務所等の立退き請求について、入居者・テナント側からのご相談を受けています。詳しくは、立退き請求を受けた入居者・テナントの方向けのご案内をご確認ください。

主な参考資料

建物の区分所有等に関する法律(e-Gov法令検索)

借地借家法(e-Gov法令検索)

法務省「法制審議会区分所有法制部会第4回会議」

法務省「法制審議会区分所有法制部会第14回会議」

法務省「区分所有法制の見直しに関する要綱案」

法務省「区分所有法の賃貸借終了請求等に伴う補償金の算定方法等に関する調査研究について」

衆議院国土交通委員会第14号(令和7年5月14日)

・東京地方裁判所令和3年11月9日判決(平成30年(ワ)第30610号・第30992号・第30993号、D1-Law.com判例体系・判例ID29067590)

・東京地方裁判所令和4年3月16日判決(平成30年(ワ)第25392号、D1-Law.com判例体系・判例ID29069647)

この記事を書いた人

弁護士 濵岡宏紀

弁護士 濵岡 宏紀

En法律事務所 代表弁護士。第一東京弁護士会所属。不動産・立退き問題、労働問題、インターネット問題、離婚・男女問題、企業法務などを取り扱っています。立退き分野では、入居者・テナント側だけでなく、貸主側・ディベロッパー側の交渉実務にも関与してきた経験を踏まえ、事案に応じた実務的な解決を目指しています。