LEGAL GUIDE 個人事業主・フリーランスの契約実務
「契約書は後で」と言われたまま、仕事を始めていませんか。
フリーランスや個人事業主として仕事を受ける際、取引先との信頼関係や納期を優先して、契約書を交わさずに作業を始めることがあります。メールやチャットで依頼内容を確認していても、報酬や追加作業の条件まで決まっているとは限りません。
問題が生じやすいのは、納品後に「その修正も料金に含まれる」「報酬額はまだ確定していない」と言われたときです。作業自体が完了していても、何を、いくらで、いつまでに行う約束だったかを示せなければ、交渉や請求が難しくなります。
この記事では、契約書がない業務委託の法的な扱い、フリーランス法との関係、取引条件の残し方、トラブルが起きた後の対処法を弁護士の視点から解説します。
契約書がないからといって、契約が無効になるわけではありません。 ただし、報酬・業務範囲・納期・検収・追加修正などについて争いが生じたとき、条件の合意を立証しにくくなることが最大のリスクです。
契約書がない取引のリスク、
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契約書なしでも、業務委託契約は成立する?
原則として、口頭やメールでも契約は成立する
民法第522条第1項は、契約の内容を示した申込みに対して相手方が承諾したときに契約が成立すると定めています。また、同条第2項は、法令に特別の定めがある場合を除き、契約の成立に書面の作成その他の方式を必要としない旨を定めています。
したがって、例えば「Webサイト制作を30万円で依頼する」「その条件で引き受ける」と当事者間で合意した場合、契約書に署名していなくても、業務委託契約が成立している可能性があります。もっとも、やり取りの内容によっては、まだ見積りや交渉の段階にとどまることもあります。
契約の成立と、契約内容を証明できるかは別問題
実務で重要なのは、単に「仕事を頼まれた」と説明できるだけでは足りない場面があることです。報酬の金額、何をもって納品完了とするか、追加修正が有料かなど、争いになった条件を証拠によって具体的に示せるかが問題となります。
口頭の約束自体が無効なのではなく、後から認識が食い違ったときに確認できる記録がないことがリスクです。
契約書がない場合に起こりやすい4つのトラブル
「その金額では発注していない」と言われる
報酬額や税込・税別、支払時期が曖昧なままだと、作業完了後に金額を争われることがあります。請求書は請求した事実を示しますが、それだけで相手方がその金額に合意した証拠になるとは限りません。
追加修正を無償で求められる
「完成まで対応する」といった抽象的な約束だけでは、修正回数や対象範囲をめぐって見解が分かれることがあります。仕様変更を受けた場合、追加報酬や納期変更をその都度確認することが重要です。
納品後も完了を認めてもらえない
成果物の納品方法や検収期限、修正指摘の方法が曖昧だと、報酬の支払時期が争われることがあります。依頼内容や契約類型に応じて報酬請求権の発生要件は異なるため、単に「納品した」だけで結論が出るわけではありません。
途中キャンセルや成果物の利用をめぐって争う
途中終了時の作業済み部分の精算、納品物の著作権・利用範囲、秘密情報の取扱いなどが未整理のままだと、契約終了後まで問題が残ることがあります。実際の権利義務は契約内容や法令によって判断されます。
「仕事をした」という事実と、「合意した条件で報酬を請求できる」ということは、分けて考える必要があります。
フリーランス法があるなら、契約書は不要?
発注事業者には、取引条件を書面等で明示する義務がある
2024年11月に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(令和5年法律第25号。通称「フリーランス・事業者間取引適正化等法」。以下「フリーランス法」といいます。)第3条第1項本文は、業務委託事業者が特定受託事業者に業務委託をした場合、原則として直ちに、給付の内容、報酬の額、支払期日等を書面又は電磁的方法で明示する義務を定めています。電子メールやSNSのメッセージ等による明示は、「公正取引委員会関係特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行規則」(令和6年公正取引委員会規則第3号。以下「公取委規則」といいます。)第2条第1項第1号によります。
明示すべき事項には、当事者の名称、委託日、業務内容、納期・作業日、納品・作業場所、報酬額、支払期日などがあります。検査を行う場合の検査完了期日や、金銭以外の支払方法など、取引内容に応じて必要な事項もあります。
成立し得る
契約が成立したかどうかの問題
書面・メール等で明示
発注事業者に課される義務の問題
「契約書」という形式でなくてもよい
法定の明示事項(フリーランス法第3条第1項、公取委規則第1条第1項各号)が適切に示されていれば、必ずしも「業務委託契約書」という題名の書類を作成する必要はありません。例えば、条件を記載した発注メールなどを利用できる場合があります。ただし、口頭で伝えるだけでは、同法第3条第1項の取引条件明示義務を満たしません。
なお、明示事項の内容を定められないことに正当な理由がある場合は、その事項について決定後直ちに補充して明示する例外があります(フリーランス法第3条第1項ただし書)。この場合も、未定の理由と決定予定期日を当初明示する必要があります(公取委規則第1条第1項第12号)。また、電磁的方法で明示した場合でも、特定受託事業者から書面交付を求められたときは、原則として遅滞なく書面を交付する義務があります(フリーランス法第3条第2項本文)。
また、フリーランス法が適用される取引かどうかは、当事者の事業形態や委託内容などによります(同法第2条第1項・第3項・第5項参照)。 同法の対象外であっても、契約条件を記録しておく実務上の重要性は変わりません。
なお、同法に違反する取扱いがあったとしても、それだけで未払い報酬の全額回収が自動的に実現するわけではありません。行政上の対応と民事上の請求は区別して検討する必要があります。
受注前に確認したい、8つの取引条件
長い契約書を毎回作るのが難しくても、最低限の条件をメール等で残すだけで、その後のトラブルへの備えになります。以下は、発注条件とトラブル予防のための実務上の確認項目をまとめたものです。フリーランス法第3条第1項及び公取委規則第1条第1項各号が定める明示事項を、そのまま列挙したものではありません。
取引開始前のセルフチェック
まだチェックした項目はありません。確認できた事項からチェックしてください。
チェックはこの画面内だけで反映されます。入力内容を送信・保存する機能ではなく、法的な適合性を判定するものでもありません。実際の必要事項は取引によって異なります。
取引条件を伝える際の、短い確認メールの例
条件が口頭で決まった場合でも、着手前に一度、文章として双方で確認することをお勧めします。例えば、次のような書き方です。
すでに契約書なしで仕事を始めた場合は?
取引の履歴を保存する
発注メール、チャット、見積書、作業指示、納品データ、請求書、振込履歴などを時系列で整理します。日時や送信者が分かる元データを残し、後から一方的に内容を書き換えないことが重要です。
未確定の条件を改めて確認する
報酬額、修正範囲、納期、支払期日などが曖昧であれば、相手方に事実関係や条件を文章で確認します。既に認識の相違が生じている場合は、合意済みの事実を断定せず、双方の理解を整理する必要があります。
新たな作業・変更には条件を付ける
仕様変更や追加作業を求められたときは、作業内容・追加報酬・納期変更を決めてから進めます。紛争中に突然対応を中断すると、それ自体が債務不履行の問題となる場合もあるため、契約上の義務を確認してください。
未払いがあれば、回収可能性と費用を検討する
報酬請求の根拠・証拠・相手方の対応状況を踏まえ、任意交渉や支払督促、訴訟などを検討します。少額の請求では弁護士費用との関係も重要です。
同じ30万円の仕事でも、記録の残し方で何が変わる?
次は説明用の架空の例です。特定の相談事例や裁判結果を示すものではありません。
電話だけで30万円の制作を受注
完成後に依頼者が「修正完了後に支払う約束だった」と主張。どの修正まで含むか、いつ支払うかについて双方の説明が食い違っています。
契約内容の立証に争いが生じやすいメールで金額・範囲・期日を合意
納品内容、追加修正、支払期日をメールで明示し、相手方から了承の返信も保存。納品記録と合わせて契約内容を説明しやすい状態です。
争点を整理しやすく、初動が取りやすい※記録があっても請求が必ず認められる、あるいは回収できるとは限りません。また、口頭の合意でも他の証拠から契約内容を認定できる場合があります。
契約トラブルを防ぐために、弁護士をどう活用する?
契約書を毎回一から作る必要があるとは限りません。繰り返し使う契約条件や発注確認メールの形式を整え、内容が変わる部分だけを確認する方法もあります。
当職が提供する個人事業主・フリーランス向け法律顧問プランでは、日常的な契約条件や取引先への対応を相談できます。契約書全体のチェック・修正や文書作成などは、プラン所定の月60分の作業枠で対応する仕組みです。
契約する前に、
相談できる選択肢を。
もちろん、相談頻度が少ない場合には個別のスポット相談が適することもあります。契約の必要性や費用については、次の記事でも詳しく整理しています。
よくある質問
契約書がないと報酬は請求できませんか?
契約書がなくても、契約の成立や報酬額などを立証できれば請求が認められる場合があります。メール、チャット、見積書、納品記録などを確認し、どのような条件で合意したか整理することが重要です。
LINEやメールのやり取りだけでも証拠になりますか?
証拠となり得ます。ただし、断片的なメッセージだけでは意味が分からない場合もあるため、やり取りの前後関係や日時、送受信者が分かる形で保存することが望ましいです。
フリーランス法が適用されれば契約書の締結が必須ですか?
必ずしも「契約書」という形式は必要ありません。対象となる取引では、業務委託事業者が取引条件を、書面又はメール等の電磁的方法により明示する義務を負います(フリーランス法第3条第1項本文)。口頭だけでは明示義務を満たしません。
請求書を送っていれば、金額の合意を証明できますか?
請求書は重要な資料ですが、発行者が一方的に作成したものであれば、それだけで相手方の合意を証明できるとは限りません。見積りに対する承諾や発注記録、過去の支払実績などと合わせて検討します。
すでに相手と揉めています。今から契約書を作るべきですか?
合意できる事項を整理して書面に残すことは有用ですが、過去の条件について争いがある状態で、一方的な認識を記載した契約書への署名を求めても解決するとは限りません。既存の証拠と双方の主張を確認し、必要に応じて弁護士に相談してください。
契約書がなくても、
取引条件は残せます。
業務委託契約は、原則として書面がなくても成立します。しかし、報酬額や業務範囲などの条件を証明できるかは別の問題です。取引開始前に内容を文章で確認し、変更のたびに記録を残すことが、後の紛争予防につながります。
日常的な契約条件の整理や、今後の取引への備えを検討している方は、当職の法律顧問プランもご確認ください。
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